例年、この時期になると花粉症が酷い有り様になるのだが、今年はそれほど重い症状は出ない。もちろん多少はあるが、点鼻薬の世話になったり片手の指に余るほどのポケットティッシュを鞄に詰め込むようなことはない。
花粉の飛散量が少ないからか、甜茶サプリメントが効いているのか、はたまたそれらを意識することによる偽薬効果なのか、今年に限り軽い症状で済んでいる理由はわからない。あるいは体質がいくぶん改善したのかも知れないが、まあその可能性は低かろう。
理由は何であれ、毎年こうだといいのだけどね。
杉の無いところへ行きたい……。
大阪大学教授・菊池誠氏の blog エントリ「ニセ科学」シンポジウム(物理学会)にて、教職と思われる人をはじめとした「困った人」が数人コメント欄に現われて以来、延々とコメント数を延ばし続けているのを見かけた。八十近いコメント数な上、各々がそれなりに長い文章であるため一通り読み切るのに時間が掛かったが、そのやりとりを読んでいるだけで目眩がしてきた。
ここでの「困った人」とは、簡潔に書くと「怪しげなセールスやカルト集団に容易く騙されてしまうだろう人」のこと。この手にありがちと思われるのは「(自然系、人文系を問わず)科学的な考え方が出来ない」「自分が持つ知識以上の事象に対して思考停止してしまう」タイプであるが、今回通読して甚だ驚いたのはそれらに加えて「本人が望んだり好ましいと感じる結論が得られる理屈なら、その過程や根拠に対する合理性の如何を問わない姿勢」を当然のように是としていること。この人は一体いつの時代の人なのだろう? もちろんこの人一人が主張するだけなら構わないが、あまつさえ「面白そうな実験ですので、授業で子供たちとしてみたい」
とまでいい始めるのだからその悪影響を考えるだに怖気がする。
さすがにこれは拙いと菊池氏を始め多くの人が彼ら「困った人」の考え方を改めるよう説得されているのだが、やはり論理的、合理的な物事の考え方が出来ないこと、それに加え、(恐らく議論というものに慣れておらず)己の意見や立場に対して反論や批評を受けると自身そのものを否定されたかのように受け止めてしまうのか、むきになって一層頑なに自説を固持し続けている。話の発端となった「水からの伝言」については、菊池氏による「「水からの伝言」を教育現場に持ち込んではならないと考えるわけ」という明確な否定が提示されているにも関わらず。読んでいないか、読んでも理解出来ないのだと思われる。始めに「困った」と評したのはそういう理由。それでも根気強く説得を続けている人たちには頭が下がる。
しかし、ふと世間を見渡せば似たようなことで溢れているわけで、日本だけでも幾つあるか知れない新興宗教やら、少し前まで猫も杓子も吐き出していた「マイナスイオン」やら。最近では何にでも添加される「コエンザイム Q10」もそう。そういえば、酒屋の連れに「これで呑むと酒が美味くなる、って知り合いから何万円もする錫製のぐい飲みを勧められたんだけど、本当?」と訊かれたこともあった。もちろん「ねーよっ!」と即答したが。それっぽい理屈やお題目を並べて儲けんとする企業や団体の姿勢にも閉口するが、疑いもせずそれらに飛びつく消費者も件の「困った人」と根本的に変わらない。しかもそれらが売れてブームとなっているからには、「困った人」は巷に溢れているということに。「技術立国」ってどこの国のことだっけ? と疑いたくなる。
人が生まれながらにして全知全能でない以上、知らないことが罪だとは思わない。が、知らないこと、分からないことについて考えたり調べたりする努力をせずにただ鵜呑みにしてしまうことが罪となりえるのは、歴史を鑑みれば自明。俺自身もどちらかというと無知の部類に入るが、「困った人」の仲間入りをしないよう気を付けたい。
それにしても件の彼ら、いっそここらで「釣りでした!」とでも書き逃げしてくれた方がなんぼか気が楽になるような。