堀江由衣の歌も悪くない。その明るさは救いや癒しの足しには成る。
が、今の俺には薄すぎる。
相手に信を置けるか否かなんて、その佇まいや立ち振る舞い、或いは作った物に触れてみれば充分。言葉ばかりに頼っていては見られるものも見えなくなる。
無論、人によりけりとは思うが。
「目標が見えない」と「目標がない」とでは大分違うよな。
わかっちゃいるんだけどさ。
彼の人の進む先に、光あれ。
そして我が往く先は常闇へ。
晩飯にと入った飯屋の隣席で、半分以上も食事を残す若い女性が二人。食べられると言うことの有り難みを知らぬのだな。
今日日、米の甘さを知る若者などそう居るまいが。
はて、こんな役立たずを使い続けるなんざ、寛大なのか節穴なのか。
猫の手も借りたい、ってのはあるんだろうけど。
二月二,三日に日本科学未来館で開催される ROBO-ONE を観に来るレオーノフ教授が泊まれるよう、先週土曜日に部屋の掃除をしたばかりなのだが、既に散らかり始めているのはどうしたものか。
やはり物量を減らさねば、問題の根本的解決は得られなかろうか。