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一言半句
-Diary-

平成十一年 霜月 -1999 November-


十一月一日 自転車

昨日、友人からの依頼で CD を探す為、自宅周辺の CD ショップを自転車で巡っていた。そうこうするうち日も暮れかけ、周囲も暗闇に包まれかけた頃の出来事。

最後の一軒へ向かうため、歩行者や追い抜く自動車に注意しながら幹線道路の路側帯を走っていると、進路先数十メートルにある脇道から合流しようとする自動車が顔を覗かせているのが見えた。安全確認のため、後方、対向車線、合流しようとする自動車の挙動を確認。いずれも問題が無い事を見計らい、顔を覗かせ止まっている自動車の前を通ろうとした。

その刹那。突如眼前に現れた、女性の乗るシティサイクル。

完全な反射挙動で右にかわし、紙一重ですれ違う。崩れかけた体勢を立て直しつつ、走行ラインを戻して後ろを見やるとそのシティサイクルは何事もなかったかのように走り去っていた。

一歩間違えれば自転車同士の衝突事故、後方からの追い抜き車両がいればそれも巻き込んだ立派な交通事故になっていた事を想像するに、背筋が凍る思いをした。


ここまで読んだ人は恐らく「ちゃんと前を見ておけ」と思うだろう。しかし、きちんと前は見ていた。前に進む自転車に乗りながら前方の安全確認をしない、などとはあまりにもナンセンス。

この場合、「見なかった」のではなく「見えなかった」のが正解。日が暮れかけ、眼が「暗順応」を起こしていた為、日中よりも、夜間よりも視界がきかない状態だった。しかし実際の所、「暗順応」は考慮に入れて走っていた。では何が前述のシチュエーションを作り出したか。

実は意図的に明示しなかった事が二つほど。

一つは「ライト」。自分は点灯、相手は消灯していた。もう一つは「走行車線」。自分は左側、相手は右側を走っていた。

自分は自転車にも乗れば、自動車にも乗る。両方の視点を知っているので、互いの立場から見た安全を意識している。その自分から見た場合、「ライト点灯」「左側走行」は夜間走行において必須の安全対策。そのいずれかでも欠けていれば自殺行為と言っても過言ではないと考えている。

つまり、端的に言えば、前述の危険なシチュエーションを作り出したのは、車道の右側をライトも点けずに走ってきたシティサイクルに他ならない。

人によっては「どこを走ろうが、ライトなんぞ点けなかろうが、良いじゃないか」と言う向きもあるだろう。二つがなぜ「必須」なのか。それについては、少々長くなるやも知れないのでまた後日。


十一月八日 自転車(2)

前回の続き。

「ライト点灯」「左側走行」が夜間走行における必須の安全対策である事まで書いたが、今回はその理由を少々。

ライト点灯
自動車を運転する人ならご存じと思うが、ライトには「前方視界の確保」と同じように重要な役割として「自車存在の表示」がある。実際、スポーツ車を扱う自転車店に行けば、「ポジションライト」と総称される存在表示専用のライトが陳列されている。
街の照明や街灯である程度視界が得られる乗り手にとって必要ないのだろう、自転車に乗る人の多くがダイナモの重いライトを点灯していない。しかし自動車から見れば何も見えない暗闇から、突然自転車が自車のライトで照らし出されるのに、驚くな、焦るな、と言う方に無理がある
ライトによって相手の存在を事前に認識できることが安全運転にどれだけ寄与するかは、夜間走行する自動車に同乗すれば解るはず。「ダイナモが重い」とこぼす向きには乾電池式のライトをお勧めする。
左側走行
交通規則には自動車、自動二輪、自転車、歩行者などの各々に、通る場所を分けている。これには色々な理由があるのだろうが、自分が徒歩、自転車、自動車を利用している限りにおいて通行区分をする利点は「相対速度の緩和」がある。
最近の自転車は良くできた物で、大概の所は概ね快適に走ることが出来るが、「走れる」事と「走って良い」事とは別。本来は車道左側の路側帯を走るのが正解(『走行可』の標識がある場合に限り歩道も)。

なぜ自転車は左側路側帯を走るべきか、簡単な例を挙げてみる。
県道や市道などで一般的な片側一車線ずつの公道で法定速度 40 km/h で走る自動車と 20 km/h で走る自転車。自転車が左側路側帯を走っていると相対速度は 40-20=20 で 20 km/h。自転車が右側路側帯を走っていた場合は 40+20=60 で 60 km/h となる。
通常走行時、自動車のライトは下向きでその光が届く距離は前方 40 m とされている。自動車の運転者がライトによって自転車を発見してからすれ違うまでの時間を計算すると、相対速度 20 km/h では 40/{(20x1000)/3600}=7.2 で 7.2 sec. と誰にとっても反応に十分な時間が与えられる。しかし相対速度 60 km/h では 40/{(60x1000)/3600}=2.4 で 2.4 sec. となってしまう。運転者が反射速度の高い若者であればまだしも、年配の方や女性であった場合、その時間での的確な回避操作を求めるのは少々酷だと思うのは自分だけだろうか?
公道を走る自動車を運転するのは運転の上手な若者ばかりではない。夜目の利かない年配の方や買い物帰りで同乗する子供に気を取られがちな女性、若くとも若葉マークを付けた青年など、自転車発見の遅れおよび運転技術の未熟も考慮してみれば、少しでも自動車との相対速度は低くしておく事が必要だろう。

以上、つらつらと駄文を連ねてきたが、それでも、
「たかが自転車じゃないか、免許も要らない乗り物に大げさな」
と思われるかも知れない。では考えて欲しい、『もし自動車だったら?』と。

夜、暗い道をライトも点けず右側を走ってくる自動車。もしそんな凶器のようなモノが往来を走っていたら、自分は夜に出歩くのは遠慮願いたいものである。実は、本質的に自転車もそれと変わりがない。その運動エネルギーを概算すれば、衝突した歩行者や自転車搭乗者を大怪我もしくは死に至らしめるに十分な量だから。

最後に補足をば。前回、危険な状況を作り出したのはシティサイクルだ、と書いたが自分としてはそれに乗っていた女性に対して個人的非難をするつもりは毛頭ない。何故なら彼女は制服を着た女子高生、それが危険である事を知らないのだ。親も、兄弟も、学校さえも教えてくれないのだから、将来自動車免許を取得し、夜間走行をして危険性を意識しない限り、知る由もない。実際、彼女のようにライトを点けず右側を走る人は多い。

進学のための詰め込み勉強より、こう言ったことをきちんと教える事の方が役に立つのではないかと思うのだが……。


十一月二十日 Accident Prevention

先日届いたJAF MATE 12月号を何気なく読んでいると、『新危険予知』というコーナーで夜間のすれ違いが取り上げられていた。読み進めると、もっとも注意すべき対象として挙げられていたのは右側通行、無灯火の自転車。偶然とはいえ今月一日、八日の話題とオーバラップしているのは何だか変な気分ではある。

ちなみに、JAFのWebsite(http://www.jaf.or.jp/)にも『危険予知』というコーナーがある。幾つかの状況下における自動車からの危険予知のポイントが挙げられており、自動車を運転する人はもちろんの事、そうでない人にとっても大変有用な情報と思われる。「俺はベテランドライバーだから今更見る必要もない」「歩いたり自転車乗るのに、いちいちそんな事を気にかけるのは面倒」という向きにも騙されたと思って見て欲しい。普段気に掛けて無かった事や「なるほど」と思わせる事が必ず一つはあるのではなかろうか。

危険予知と事故回避は一方だけでは十分ではない。道を行き交う者それぞれが心掛けてこそ、その真価が発揮される。

そう、自分は考える。

TAGUCHI "SP48K" Nobuaki <mailto: sp48k@t12i.net>
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