前回 "Episode 5." の続きです。
二十四日の夕方、私は霞夜お姉ちゃんの病室で開かれたクリスマスパーティーにお呼ばれした。集まった人は、霞夜お姉ちゃん、郁乃お姉ちゃん、建くんとそのお母さん、看護婦の愛さんと杏菜さん、そしてお兄ちゃん。
霞夜お姉ちゃんの病室は綺麗な飾りと大きなクリスマスツリーで、病室とは思えないほどクリスマスの雰囲気になってる。
パーティーが始まる前に、お兄ちゃんから、私と建くんに動物の顔をした帽子のプレゼントをもらった。被るとなんだか頭を噛み付かれているみたいで、とってもかわいい。パーティーの雰囲気にピッタリなので、私と建くんはパーティーの間被っていることにした。
とりあえず、と思ってなんとなくお兄ちゃんの隣に座ると、建くんがスプレーみたいな物を持ってきて…お兄ちゃん目掛けてかけてしまった。お兄ちゃんがたまらず逃げ出すと、待ってたかのように私の横に座る建くん。
なんだか私、建くんに気に入られているみたい。それは良いんだけど、お兄ちゃんを離しちゃうのは寂しいかなぁ。
建くんはそのスプレーが面白いみたいで、その後もお兄ちゃんを追いかけてかけ続けてた。おかげでお兄ちゃんの顔には色んな色したスプレーだらけ。なんだか大変そうだったから「お兄ちゃん、大丈夫?」って聞いたけど、建くんは構わずスプレーを掛け続けて。
結局、建くんのお母さんが建くんを叱って終わったけど、そのうち今度はお兄ちゃんがスプレーを持って杏菜さんに、困った杏菜さんが愛さんに助けを求めると、今度は愛さんがお兄ちゃんに。最後はお兄ちゃんに返ってきちゃった。うーん…。
そんなスプレー合戦を見ながら、私は建くんのお母さんにケーキのことを聞いていた。とても綺麗なケーキだけど、お店の包みがないからもしかして、と思ったらやっぱり建くんのお母さんの手作りで。手作りなんてすごいなぁ、と思いながら気になってたことを聞いてみた。
「あの、ケーキ作るのって、難しいんですよね?」
「う〜ん、ちゃんと分量計って、作ればそんなに難しくは無いと思うけど・・・
あっ、でも泡立てたりするのは大変かな」
「私じゃ、ムリかな・・・」
「大丈夫。そうだ、こんど一緒に作ってみる?」
「本当?」
「ええ、約束」
「えへへ」
実は前から作ってみたかったけど、うちのお母さんは忙しそうだし、一人では出来そうにないから諦めてた。でも、こんな綺麗なケーキを作れる建くんのお母さんが一緒なら、きっと大丈夫。
建くんのお母さんとケーキを作る約束をしていると、待ちきれないのか建くんが「ケーキ食べよーっ」と急かしてくる。建くんのお母さんが「それじゃあ・・・」と切ろうとすると、お兄ちゃんが「その前に」って。
ケーキを切ろうとするのを止めたお兄ちゃんを見て首を傾げていると、お兄ちゃんが私に聞いてくる。
「ル子、クリスマスにはケーキ食べる前に、することあるよな」
「えっ?」
「ほら、クリスマスにはつきものの・・・」
そう言われて、思いついたものを答えてみた。
「・・・歌?」
「そう、俺のイメージじゃないけど、建もいるしな」
歌はいつもお兄ちゃんのを聞いてばかりだけど、一緒に歌うのも楽しいかも知れない。それにお兄ちゃんと歌うのは初めてだし。
私はお兄ちゃんに頷いた。
「うん、一緒に歌おう、お兄ちゃん」
ケーキにローソクを立ててもらい、電気を消す。部屋の明かりはローソクの火だけになって、より一層クリスマスらしい雰囲気になる。
「いいか、いくぞ、ル子」というお兄ちゃんの声を合図に、私とお兄ちゃんで歌い始めた。曲は『聖しこの夜』。
お兄ちゃんは相変わらず良い声で、私はそれについていくので精一杯。でもそのうちだんだん他のみんなも一緒に歌い始めて、まるで合唱のよう…。
歌が終わって部屋の電気をつけると、みんな優しい顔で、とても素敵な雰囲気になってる。歌のおかげかな?
そんな中、建くんだけが不思議そうな顔をして、お兄ちゃんに歌のことを聞いていた。建くん、クリスマスのこと知らなかったみたいだから、きっと不思議なんだろうね。でもお兄ちゃんがケーキの話をすると、途端に建くんはお母さんの所へ飛んでいって「ケーキーッ!!」って。
そうして受け取ったケーキを建くんは自分で食べるのかと思ったら、私の所へ持ってきて「はい、おねーたんっ!!」って私に渡そうとする。建くんが楽しみにしてたみたいだから「建くん、先に食べていいよ」って言ったんだけど、どうやら建くんは私に最初に食べて欲しいみたいで。仕方なく受け取ると、建くんは自分の分も受け取って私の隣に座り「一緒に食べよーっ」って。本当、気に入られたみたいだね、私。
みんなで一緒にケーキを食べたり、色々お話ししたりしてるうちに、ふと時計を見るとそろそろお母さんが迎えにきてくれる頃。楽しい時間はあっという間、って言うけど本当だと思う。
お兄ちゃんに時間のことを伝えると、パーティーはお開きの雰囲気に。そしたら郁乃お姉ちゃんが思いだしたようにお兄ちゃんに「ツリーの飾り、くれるんでしょ?」って。お兄ちゃんは郁乃お姉ちゃんの言葉に頷きながら、ツリーの飾りの一つを手に取る。それは、向かい合わせにラッパを吹く、ひと組の天使をかたどった飾りだった。
お兄ちゃんはその飾りの片方を見てちょっと考えてから、こっちを向いて私を呼んだ。
「ル子」
「なに、お兄ちゃん?」
「ル子に、これをやる」
「・・・いいの、お兄ちゃん?」
「どうして?」
「私、お兄ちゃんから、帽子、もらったし・・・」
そう、私はもうパーティーの始めにお兄ちゃんから帽子をもらってる。とってもかわいかったし、お兄ちゃんからのプレゼントだったから、これで十分と思ってたんだけど。
でも、お兄ちゃんはそんな私の言葉にちょっと間をおいてから答えてくれた。
「・・・いいか、ル子、これは特別なんだ」
「・・・特別?」
「おう、これをペアで持っているとな、ずっと仲良しでいられるんだ」
「・・・それ、私がもらっていいの?」
「ああ、ル子に持っててもらいたいんだ」
「・・・お兄、ちゃん」
ツリーの飾りと言っても、そんな特別なもの、私なんかがもらっちゃって良いのかな? と思ったけど、お兄ちゃんはそう言ってくれて。なんだか嬉しくて涙が出てきてしまった。
そんな私を見て、お兄ちゃんは「泣くなよ、ル子」って。でも急に涙は止めらなかったから「だって、嬉しかった、から・・・」とだけ答えた。そしたらお兄ちゃん、「あんまり、泣くとやらないぞ」って。おもわず慌てて「あっ、ダメ・・・」って言ったけど、お兄ちゃんの顔を見たらちょっと意地悪そうに微笑んでる。私の涙を止めるための言葉だったことがすぐ分かった。その証拠に「じゃあ、泣くな」って笑顔で言ってくれたから、私は「うん・・・ありがと、お兄ちゃん」とお礼を言った。
お兄ちゃんが私の頭を優しく撫でてくれる。それだけで、涙が止まって、自然と笑顔になれた。
お兄ちゃんが残りの飾りをみんなに配り終ったので、私は「じゃあ、私いくね」とみんなに言うと、お兄ちゃんが「俺送っていくよ」と言ってくれた。私はもう一度、建くんのお母さんと今度一緒にケーキを作る約束をしてから、みんなにお礼とお別れの挨拶をしてお兄ちゃんと一緒に病室を出た。
出口にむかって廊下を歩く途中、お兄ちゃんが私の手を握ってくれて。ちょっと照れてしまったけど、嬉しかったから私もお兄ちゃんの手を握り返す。そんな私にお兄ちゃんが話しかける。
「ル子、今日は楽しかったか?」
「うん、楽しかったよ。お兄ちゃんにプレゼントももらったし・・・」
「ああ、気にするな」
「でも、私何も用意できなくて…」
お兄ちゃんにはパーティーに呼んでもらっただけじゃなく、かわいい帽子や天使の飾りまでもらったのに、私は何もパーティーのこと手伝えなかったし、お兄ちゃんにプレゼントのお返しもできなかった。そう思うとなんだかとっても悪い気がして…。
そしたらお兄ちゃんが、思いついたように。
「じゃあ、今度ル子の作ったケーキを食べさせてくれよ」
「え?」
「今度、誠美さんと作るんだろ」
「うん」
「だから、それを俺に食べさせる。それがル子のプレゼントな」
お兄ちゃんに私が作ったケーキを食べてもらう、私もできればそうしたい。でも…。
「でも、いつになるか分からないし・・・」
「いつでも、いいぞ。出来るまで待ってるから」
「本当?」
「俺はめったに、ウソつかないだろ」
「うん、じゃあ、ケーキ作ったら、お兄ちゃんに最初に食べてもらう」
「よし、約束な」
「うん、約束」
お兄ちゃんに私が作ったケーキを食べてもらえるなんて、なんだか嬉しい。
そんなことを話しているうちに、病院の通用口に着いてしまった。お兄ちゃんとはここでお別れ。
「ル子、今年はもう最後か?」
「うん、今年はもう来れないと思う」
「じゃあ、また来年な」
「うん、バイバイお兄ちゃん」
私はお兄ちゃんに手を振りながら、通用口を出た。
来年も、再来年も、もっと先も、いつまでもお兄ちゃんと仲良しでいたいな。
お兄ちゃんからもらった天使の飾りに、そうお願いした。
Continued on next section, " Episode 7. ".