Treat girls, Now !
- 彼女達に癒しの手を -


≪Chap. 1.≫ Pretty girl, Little lady.

≪Chap. 1.5.≫ Episode 4. - 自信 -

 前回 "Episode 3." の続きです。

≪Chap. 1.5.1.≫ An inquiry

 今日、うちの小学校は開校記念日。おかげで学校は一日お休みだけど、一緒に遊んでくれるお友達はほとんどいないし、いつも遊んでくれるうちのお兄ちゃん、中学生だから学校はふつう通り。
 おうちにいるのは退屈でつまらないな。けど出かけるにしても、どこへ行こう…。

 そうだ、伊之助お兄ちゃんの所へ行こう。いつもは診察のついでばかりだけど、今日はお見舞いに。それなら会いに行ってもおかしくないよね。
 その事をお母さんに話したら、「仲のいいお友達が出来たなら、お見舞いに行くのは良い事ね」って賛成してくれた。送り迎えもしてくれるって。いつもありがとう、お母さん。

 さっそくお出かけの準備を整えて、お母さんが運転する車に乗り込む。行き先はいつもの病院だけど、とっても気分がいい。検診や具合が悪いからじゃなくて、お兄ちゃんに会いに行くから。
 途中、商店街を通っていると、あるお店に気がついた。私はお母さんに車を止めてもらって、ちょっと待ってくれるようにお願いして、車を降りる。歩道を走って、来た道を少し戻って、私はそのお店の前に着いた。

≪Chap. 1.5.2.≫ Flower shop

 着いたお店は、お花屋さん。お店の前にはたくさんの色や形をしたお花がいっぱい並んでいる。
 お見舞いだし、この間の病室でのおわびもしたいから、お花をあげたいって思ってた。このユリは花が大きくてきれいだし、あのチューリップとか、こっちのスズランはかわいいし…。どれにしようかな。
 決めた。バラにしよう。ほかのお花もきれいだけど、バラってなんだか特別な感じがするし、きっとお兄ちゃんに似合う。そう思って、お店の人に声をかけた。

 お店の奥から出てきたのは若いお姉さん。郁乃お姉ちゃんくらいの歳かな? 明るい笑顔で「いらっしゃい」って挨拶してくれて。私はさっそく、そのお姉さんにバラをお願いした。
 お姉さんは「どんなご用で、どなたに差し上げるの?」って聞くから、「お見舞いで、お友達に」って答えたんだけど、今度は「どんなお友達?」って聞かれて。どんなって…、ちょっと考えて「病院で知り合ったお兄ちゃん」って答えた。
 そしたらお姉さんは、ニコッとしながら「ボーイフレンド?」って一言。いきなりそんなことを言われたから、なにも言えないでいると、お姉さんはもっとニコニコして「そっか、なるほどね」って。
 うぅ、なんだか見透かされているような。

 そんな私を気にした風でもなく、お姉さんは「お嬢ちゃんみたいな娘には、この真っ紅なバラが良いかな」なんて見立ててる。でもなんで真っ紅のが良いんだろう? 聞いてみてもお姉さんはニコニコしながら「ないしょ」とだけ言って教えてくれなかった。

 結局、バラは私が思っていたよりずっと高くて、私の持っていたおこづかいで買えたのは一本だけ。お姉さんは「バラの一輪挿しは、それはそれでとってもお洒落なものよ」って言って綺麗に包んでくれたけど、この間お兄ちゃんの病室で見た大きな花束を思い出すと、やっぱり一本では寂しい気がする。お兄ちゃん、気に入ってくれるかな…。
 そんなことを思いながら、お母さんが待ってくれてる車に戻った。
 お母さんは私が持っているバラの花を見て、「そうね、お見舞いだものね」って。
 そして続けて、
「蛍子、花屋のお姉さんになんて言ったの?」
って聞かれた。私はさっきお姉さんに言ったことをそのままお母さんに話すと、「なるほどね」って。
 えっ? お母さん、どうして分かるの?
 とても不思議に思ってその訳を聞いてみたら、お母さんは楽しそうに教えてくれた。
「あの花屋のお姉さんはね、お客さんが花を買う目的とかあげる相手を聞いたり、
 お客さんの人柄を見て、それに合ったお花を選んでくれるの。
 だから蛍子にも、入院しているお兄さんへのお見舞い、って聞いてそれにピッタリな花を選んでくれたのよ。」
 そう言うお花屋さんだったんだ、全然知らなかった。でも、なんで私にピッタリな花が真っ紅なバラなんだろう?
 それを聞くとお母さんはニコッとして「知りたい?」って。「もちろん」と私が答えると、まるでお花屋のお姉さんみたいにニコニコしながら教えてくれた。
「バラの花言葉は『愛情』、特に真っ紅なバラには『内気な恥ずかしさ』って意味があるの。蛍子にピッタリね」

 おかげで真っ紅なバラの意味は分かったけど、なんだか恥ずかしくなっちゃって、それから病院に着くまで何も言えずに助手席でちっちゃくなってた。
 なんだか、あのお花屋のお姉さん、郁乃お姉ちゃんみたい……。

≪Chap. 1.5.3.≫ Rose & Ring

 やっと病院に着いた。お母さんには夕方に迎えに来てもらうようにお願いして、車を降りて病院に入っていく。
 玄関を入って、お兄ちゃんがいないかロビーを見渡してみた。
 あ、お兄ちゃん見つけた! 一人で TV を見ながらゆっくりしてるみたい。

「お兄ちゃん・・・」
 近くまで行って声をかけると、お兄ちゃんはこっちを向いて、私を見ると「おう、ル子。おはよう」と笑顔で挨拶してくれた。私も笑顔で「おはよう」ってご挨拶。
 私はさっそく持ってきたバラを…、と思ったけどなぜか急にさっきの花言葉を思い出して、言いだしづらくなっちゃって。
 そんな私に気付いたのか、お兄ちゃんは「どうした?」って聞いてくれたから、思い切って持ってきたバラを差し出した。さっきまで言うことを考えていたはずなのに、いざとなったら「これ・・・」とだけしか言えなかったけど。
 私が差し出したバラを見て、お兄ちゃんはビックリしたみたいで、
「・・・俺にか?」
って。私が「うん、お兄ちゃんのお見舞い・・・」って言ったら、お兄ちゃん、優しく微笑みながら
「俺に・・・ありがとう、ル子」
って言って、バラを受け取ってくれた。そして、バラの香りをかごうと顔を近づける。
 そっか、もっとたくさんあれば、近づかなくても香りが分かるのに。そう思って、いっぱい買えなかった事をあやまると、お兄ちゃんは微笑んだまま、
「いいよ、気持ちの問題だろ。それに一本の方が飾ってなくて俺は好きだぞ」
って言ってくれた。思わず「本当、お兄ちゃん?」と聞き返すと、
「べつに、ウソなんかつく必要ないだろ」
って、真っ直ぐ私の目を見て答えてくれた。うん、お兄ちゃんの目、ウソなんかついてない。
 お兄ちゃん、本当に喜んでくれたみたい。良かった…。

 お兄ちゃんに喜んでもらえたのが嬉しくて、思わず顔をほころばせていると、お兄ちゃんが「じゃあ、俺もなんかル子にお返ししなきゃな」って。私はそんなつもりはなかったから「あ、いいよ」ってあわてて断ったんだけど、「気にするな、そうだな・・・」と言って手の中でなにかしてる。そして「ル子、手を出して」と一言。
 私は言われたとおりに手を出すと、お兄ちゃんはその手を取って、人差し指に銀色の指輪を付けてくれた。でも私の指だと、ブカブカ…。「あ〜、やっぱり大きいか」ってお兄ちゃんも残念そうな顔。

 指輪はとっても嬉しいけど、大きくちゃ仕方ないよね、って思ってると、「じゃあ、一度病室に戻ろう」とお兄ちゃん。「なんとか、出来ると思うんだ」って。なにか思いついたみたい。私は頷いて一緒に病室へ行くことにした。

 お兄ちゃんは病室に着くと、途中ナースステーションに寄って借りた花瓶で、お見舞いのバラを飾ってくれた。この間の花束みたいな華やかさはないけど、代わりに綺麗さが良く分かる気がする。お花屋のお姉さんやお兄ちゃんが言ってた「お洒落」とか「飾ってない」って、こう言う事なのかな。
 そんなことを思いながら、お見舞いらしく隅にあるパイプ椅子を出そうとしている私を、先にベッドに座ってたお兄ちゃんが呼んだ。お隣に座らせてくれるって。えへへ、特等席だね。

「あれさ、リングじゃなきゃ平気だよな」
 荷物をゴソゴソ探しながら、お兄ちゃんが私に聞く。お兄ちゃんの隣に座れて少し浮かれてた私が、突然聞かれて「えっ?」と聞き返すかしないかのうちに、お兄ちゃんは取り出した銀色のチェーンをさっきの指輪に通して、優しく私の首にかけてくれて。さっきまで指輪だったそれは、銀色に輝くネックレスに変身していた。
 そのネックレスの綺麗さに見とれていると、
「うん、これル子にプレゼントするよ」
とお兄ちゃんは満足げ。
 でも、私はお見舞いにバラを一本しかあげられなかったのに、お返しにこんなに綺麗な物をもらうのはとっても悪い気がする。そうお兄ちゃんに言おうとした私に、お兄ちゃんはゆっくり話してくれた。
――昨日、家に戻ったらずっと失くしてたこの指輪を偶然見つけたこと。
――今日、私がお見舞いでお花を持ってきたこと。
――そのタイミングが良くて、私の所へ指輪が行くのが始めから決まっていたことだと思ったこと。
 だから、「遠慮はしなくていいぞ」って。
 そんな、決して押しつけじゃない、お兄ちゃんの気持ちで胸がいっぱいになって、私は「お兄ちゃん・・・」としか言えなかった。
「そのリング、結構高かったんだから、大事にしろよ」
 なぜだか急に冗談っぽく話すお兄ちゃんの言葉も嬉しくて、私は
「うん、大事にする。私ずっと持ってる」
とその気持ちを精一杯の言葉で返事にした。

≪Chap. 1.5.4.≫ Confidence

 ネックレスをくれた後、お兄ちゃんが「ギターの練習するけど、聞いてくか?」って。お兄ちゃんのギターが聞けるのは嬉しいからもちろんお返事したけど、それと一緒に「えへへ」って思わず笑ってしまった。この笑い方、なんだか私のクセみたい。

 隣で気持ちよさそうに弾いてくれるお兄ちゃんのギターを聞いてたら、しばらくして白衣を着たお医者さんが病室に入ってきた。たしか、この病院で一番偉い志摩先生だと思う。
 志摩先生の話だと、お年寄りの患者さんが、お兄ちゃんのギターがうるさいと言ってきたみたい。そう言われるとちょっと音が大きかったと思う。お兄ちゃんも同じように思ったみたいで、素直に志摩先生に謝った。そしたらはじめ怒り顔だった志摩先生も、これからは気を付けろよ、って言って笑顔で病室を出ていった。お兄ちゃん、志摩先生とも仲良しなんだ、すごいな。

 志摩先生が出ていった後、何となくほっとして、私が「怒られちゃったね」って言ったらお兄ちゃんも「ちょっと調子に乗りすぎたかもな」って。それって多分私が来たせいなんだろうな。
「べつに、ル子のせいじゃないぞ。気にするな」ってお兄ちゃんは言ってくれたけど…。

 そんなことを考えて、ちょっとしょげてた私に、話を変えようとお兄ちゃんが「今日は検査の日だったのか?」って聞いてきた。私は、学校が開校記念日でお休みだからお兄ちゃんのお見舞いに来た、って話したら、「そうか、ありがとうなル子」と言って、頭を撫でてくれて。また「えへへ」って笑っちゃって。

 そのあと、「学校か〜、楽しいか学校?」って聞かれたから、正直に「ううん、あんまり・・・」って答えた。そしたらお兄ちゃん、その訳を聞くから、私は「体が弱くて学校を休む事が多いし、病院にも通ってるから・・・」って話したんだけど、お兄ちゃんがちょっと心配そうな顔をして「いじめられるのか?」って。
 私はお兄ちゃんに心配させるようなことを言っちゃったことに気が付いて、あわてて「いじめじゃないよ。友達が少ないだけ・・・」って答えた。お兄ちゃんはそれを聞いてちょっと安心した顔になって。だから、学校でもいつも一人であまり楽しくない、って話したんだけど、お兄ちゃん、また考え込むような顔になってしまった。
 なんだかまたよけいなことを言っちゃったのかな…。

 むずかしい顔をしたままふと、お兄ちゃんが口を開いた。
「・・・そうだな。俺もそんな感じだったな」
 とっても意外だった。だって、お兄ちゃん、さっきの志摩先生もそうだけど、誰とでも友達になれる人なのに。だから「お兄ちゃんも?」って聞いたら、ちょっと微笑んで「ああ、子供の頃は、な」って。
 でも今のお兄ちゃんを見てると信じられない、そう思ったから「全然、そういうふうに見えないよ」って思った通りのことを言った。それを聞いてお兄ちゃんは、
「今の自分に自信を持ってるからな」
って。思っても見なかった答えだったから、私はオウムのように「自信?」と聞き返す。
 お兄ちゃんはちょっと考えるような顔をしたあと、ゆっくりと、私に語りかけてきた。
「おう・・・そうだな。ル子は自分に出来ないことを出来る人をどう思う?」
「え・・・すごいと思うけど」
「じゃあ、そういう人がいたら、仲良くなってみたくないか?」
「うん」
「だろ、小さい頃の俺はギターもやってなかったし、歌も歌ってなかったんだ」
「でも、それのない俺には何もないんだ」
「なにもないやつとは、仲良くなりたくない・・・。とはいかなくても、わざわざ自分から声をかけたりはしないよな」
「だってなんの魅力も感じないんだから」
「あ・・・」
 私は思わず声をあげてしまった。だって、お兄ちゃんの言う「なにもないやつ」は、そのまま今の私だから。
 そしてそんな私だから友達が少ないということを、お兄ちゃんの話でたった今、分かったから。
 なんだか自分がとっても情けなくて、お兄ちゃんの顔が見られない。何も言えない。

「ル子は今、自分には、なにもないと思ってんだろ?」
 もとの微笑んだ顔になって、お兄ちゃんは私に聞いてくる。私が今、思っているそのままのことを。
 だから正直に、私は話した。
「・・・だって、私、体も弱いし、あんまり学校にも行ってないから、頭もあんまり良くないし」
「悪いとこばっかり出てくるよな」
「・・・・・・」
 お兄ちゃんの言うことはその通りで、私が自分について思いつくのって、悪いことばかり。良いことは一つも思い浮かばない。だからお兄ちゃんの言葉にも何も言えなくて…。
「でも、俺はル子のいいとこ知ってるぜ」
「え?」
 お兄ちゃんの突然の言葉に、私はビックリした。お兄ちゃんは優しい笑顔で私を見ながらそのまま話を続ける。
「面倒見はいいし、ダンスも出来るし、なにより笑顔が可愛い」
「お兄ちゃん・・・」
「いいか、ル子、例えばかわいく笑えるだけで、友達ってできるんだ」
「・・・・・・」
「それに踊れるのも才能だと思うぜ。だから、自信持ってもいいぞ」
 お兄ちゃんは私の「いいとこ」を話してくれた。お兄ちゃんにそう言ってもらえるのは、とても嬉しい。
 でも、もしお兄ちゃんの言うとおりなら…、私は思い切って聞いてみた。
「そうしたら、お兄ちゃんみたいになれるの?」
 そしたらお兄ちゃんは、
「ル子なら、俺なんかメじゃないね」
って、ためらいもない笑顔で答える。そんなこと、想像もつかないことだから「ムリ、だよ」って言ったんだけど、「なんで、そう思う?」って聞かれてしまって。そう聞かれても・・・。私が答えられないでいると、お兄ちゃんは
「俺が保証するよ」
と言ってくれた。でも。
「でも、どうしたらいいの?」
「話しかけてみな。誰にでもいいからさ」
「・・・例えば、最初に俺に会った時みたいに」
「う、うん」
「よし」

 お兄ちゃんの問いかけに、つい頷いてしまったけど。
 最初にお兄ちゃんに会ったとき、か。
 あの時は、お兄ちゃんの髪があんまり綺麗で、お兄ちゃんがとっても優しそうで、こんな人と友達になりたいって。
 そう思ったら頭の中がいっぱいになって、つい…。
 じゃあ、「その時みたいに」っていうことは、私が本当に友達になりたいって思うような人を探す、ってことなのかな。
 そのつもりでお兄ちゃんが言ってくれたのかは分からない。けど、病院にたくさん友達ができたのは、お兄ちゃんと友達になれたのがきっかけなのは間違いないから、たぶん合ってると思う。
 いきなりはちょっとむずかしいけど、お兄ちゃんがそう言ってくれたんだから、少しずつでもがんばってみよう、うん。

 私は心の中でもう一回、頷いた。

≪Chap. 1.5.5.≫ "bite on the bullet"

 私とお兄ちゃんが話していると、病室に霞夜お姉ちゃんが来た。「ギターを弾いてもらおうと思って」って。でもさっき、志摩先生に静かにって言われたばかりだし…。
 お兄ちゃんがその事を話したら、霞夜お姉ちゃん、とっても残念そうな顔になった。きっと霞夜お姉ちゃんも、お兄ちゃんの弾くギターが好きなんだね。
 霞夜お姉ちゃんと私、二人で暗い顔をしてたら、お兄ちゃんはちょっと考えてから、
「屋上に行かない? 屋上なら、思いっきり弾けるんだけど」
って。お兄ちゃんのギターが聞けるなら、そう思って私はもちろん賛成。霞夜お姉ちゃんも賛成してくれたから、3人で屋上に行くことに決まった。

 廊下に出ると、ちょうど建くんがいた。お兄ちゃんに会いに来た…みたいだけど、私を見たら急に私の名前を呼んでこっちに走って来る。私が挨拶すると元気に答えてくれたけど、霞夜お姉ちゃんが挨拶しても、建くんには聞こえてないみたいで。

 建くんのはしゃぎように私が戸惑っていると、お兄ちゃんに「また、建にダンスを教えてやってくれるか?」って聞かれた。私は「いいよ」って答えたら、「音があった方がいいだろ」って。
 きっとその方がリズムをつかみやすいから「あった方がいいかな」と答えた。そしたら、
「じゃあ、俺の曲で、踊ってくれるか?」
って言われて。
 お兄ちゃんの曲で踊れるのはとっても嬉しい。けど、せっかくお兄ちゃんが弾いてくれる曲で私が踊っちゃって良いのかな? そう思って聞いたけど、お兄ちゃんは「ああ、頼む」って言ってくれた。
 お兄ちゃんがそう言ってくれるなら、私もがんばって踊ろう。そう思いながら、建くんにも屋上で一緒に踊ろう、って言ったらなんだかとっても喜んじゃって。「早くいこーっ!!」と言って私の手を引っ張っていく。

 まるで建くんに引っ張られるみたいな格好で屋上に着くと、さっそくダンスを見て欲しいと建くんが言ってきた。見てあげると上手くなってる。本当にダンスが気に入っちゃったみたいだね。
 そう思いながら屋上の出入り口をちらっと見ると、奥の方にお兄ちゃんと霞夜姉ちゃんの姿が見えた。
 あ、手、繋いでる…。と思ったら、離しちゃった。
 なんで離しちゃったのかは分からないけど、なんだかいい雰囲気だった。初めて会ったときも、とっても仲良さそうにお話ししてたし。霞夜お姉ちゃん、いいなぁ…。

 後から来たお兄ちゃんたちも一緒に、建くんの踊りを見る。そしたらお兄ちゃん、「建はどうですか、ル子先生」なんて言うから霞夜お姉ちゃんも建くんも私のこと「先生」って。私、そんなに上手じゃないよぉ。
 でも、建くんあれから練習したんだね。本当に上手くなってる。

 ダンスを教えはじめようとして、お兄ちゃんに「曲はどうする?」って聞かれた。
 私は聞かせてもらった曲の中で、元気が出そうで一番好きな曲をお願いした。そしたらお兄ちゃんは嬉しそうな顔をして「それで行こう。すぐ始めていいのか?」って。さっき病室でも最初に弾いていたし、お兄ちゃんもお気に入りの曲なのかな。
 踊り方はさっき聞きながら考えてあったから、最初は建くんには流れを見てもらうことにした。お兄ちゃんは霞夜お姉ちゃんとベンチに座って、ギターを弾きはじめる。
 はじめに聞いたときも思ったけど、とても元気が出るような曲。お兄ちゃんも気持ちよさそうにギターを弾いてる。そんな曲とお兄ちゃんに負けないように、私も元気に踊って見せた。

 曲が終わると、待ちかねたように建くんが今のダンスを教わりにきた。私はこの間教えたことを踏まえて、一通りの流れを教える。それを聞いて、建くんは分からないところを聞き直しながら踊り、お兄ちゃんはそれに合わせて何度もギターを弾いてくれた。それを繰りかえす。

 建くんが曲の始めから最後までを一通り覚えたので、もう一度曲に合わせて踊るのを最後にしよう、と私が言うと建くんも頷いてくれた。
 それを聞いて、お兄ちゃんは「じゃあ、最初から行くぞ」って言ってくれた。私が頷くと、お兄ちゃんはギターを弾きはじめる。

 でも、それは今までとはちょっと違っていた。
 弾こうとする瞬間に、
「『bite on the bullet』」
そう、ひとこと言って。それになんだか今までより、弦を弾く右手に力がこもってるような気がする。
 私と霞夜お姉ちゃんが、そんなお兄ちゃんの雰囲気の変わり様に気付いて、その姿を見ている。お兄ちゃんはそれに気がつかない。
 やがて前奏が終わりそうになった頃、お兄ちゃんはちょっと大きめに口を開いて大きく息を吸い込んだ。
 そして――

疲れ果てた一日の終わりに
やっと見つけた瞬間を
たった一人だけの 君と過ごしたいよ
落ち込んだ君の悩んだ顔
ちょっと そんなの耐えられないから
もっと大らかに生きて行こうよ

どうしてそんなに震えているの
君は一人じゃないのに
ずっと うつむいているから
涙もこぼれるのさ

傷付いた君に会おう だから
一人でふさいでいるのは やめよう
こんな意味の無い夜を
このままほうっておくのは
これっきりにして

もう…悲しまずに

<title: "bite on the bullet", vocal: INOSUKE TSUTSUMI, lyric&compose: Kazuya Takase>
<Copyright ©2000 BLUEGALE & I'veSoundTeam>

 歌っていた。ギターに全然負けない、力強さで。詞に負けない、気持ちを込めて。

 私は、驚いていた。霞夜お姉ちゃんもそうだった。
 初めて聞いたし、突然だったのもあるけど、きっと歌っているときのお兄ちゃんが、いつも話しているときより、ギターを弾いているときより、格好良かったから。

 歌い終わると、お兄ちゃんは私と霞夜お姉ちゃんを見て「なんだよ。霞夜もル子も固まって」って呆れた顔。でも固まってもしかたないと思うんだけどな。
 霞夜お姉ちゃんの「ズルイよ。急に歌い出すんだもん」って文句にも、「この曲弾いてたら急に歌いたくなっただけなんだから・・・」だって。
 お兄ちゃんの話を聞いたら、やっぱりこの曲、お兄ちゃんのお気に入りで、バンドで定番の曲みたい。

 私が「なんか勇気づけられてるみたい」って言ったら、お兄ちゃん、笑顔で「そのつもりで歌ったからな」って。
 それを聞いて霞夜お姉ちゃんが言った「気持ち、こもってるんだね」って言葉にも、「そうじゃなきゃ、ダメだろ」だって。
 それを聞いて、歌っているお兄ちゃんの格好いい理由が何となく分かった気がした。

 私たちが楽しく話していると、建くんの「ここどうするのーっ」って言葉が飛んできた。
 いけない、建くんだけ踊ってたこと忘れてた。急いで近くに行くと、分からなかったところを一生懸命聞いてくる建くん。本当にダンスが好きになったんだね。
 私は聞かれたところを順番に、分かりやすいように教えてあげた。

 ひと通り教え終わったところで、さっき私、歌に気を取られて踊れなかったことを思い出す。お兄ちゃんの歌う曲で踊りたかったな…。
 霞夜お姉ちゃんとお話ししているお兄ちゃんの所へ行って、さっき踊れなかったことを言うと、お兄ちゃんはもう一回弾いてくれる、って。しかも「俺が歌っててもいいか?」って言ってくれた。
 もちろん歌って欲しかったから私は喜んで頷いて、お兄ちゃんの「じゃあ始めるから」って言葉で建くんの近くへ戻った。
 さっきと同じ、お兄ちゃんの「『bite on the bullet』」という言葉を合図にして曲が始まった。

 曲が終わって、私と建くんがお兄ちゃんの所へ集まった。
 お兄ちゃんが「様になってきたな」って建くんを誉めると、建くんは満足げに「へへ〜」って笑ってる。
 そろそろお母さんが迎えに来る頃、その事をお兄ちゃんに言うと「そういや、ル子はなんて言って病院に来てるんだ」って聞くから、「・・・仲のいいお友達が出来たのって」と答えた。
 そしたらお兄ちゃん、「そうか、よかったな建」だって。建くんは「ル子おねーたん大好きだよーっ」って言ってくれたけど、私はお兄ちゃんのことを言ったつもりなのにな…。
 そんなことを思いながら返事をしたら、お兄ちゃんが「まぁ、俺も友達だしな」って。よかった、お兄ちゃん分かってくれてる。それがわかって嬉しかったから笑顔で「うん、お兄ちゃんも」って返事をした。

≪Chap. 1.5.6.≫ Worse condition

 三人で話をしながら、ふと霞夜お姉ちゃんの方を見ると、様子が変だった。
 両腕で体を抱えて、震えてる。顔もなんだか青ざめてる。
 驚いてお兄ちゃんに知らせると、お兄ちゃんも霞夜お姉ちゃんの様子がおかしいと気が付いた。具合を聞いたり、額に手を当てて熱をみて、急いで病室に連れて行くって。屋上の扉を開けるのと、先に行って看護婦さんに病室に呼ぶように話すことを私に言って、お兄ちゃんは霞夜お姉ちゃんを背負う。
 私は急いで扉を開けて、建くんを連れて看護婦さんが居るナースセンターへ走っていった。

 霞夜お姉ちゃんの病室に先に着いて、呼んできた看護婦さんたち(愛さんと杏菜さん、って名前)、建くんと待っていると、霞夜お姉ちゃんを背負ったお兄ちゃんが来た。
 さっそく愛さんがお兄ちゃんからいくつか聞きながら、てきぱきと指示や処置をしていく。

 見ていてなんだか不安になってきて、お兄ちゃんに「霞夜お姉ちゃん大丈夫?」と聞くと、お兄ちゃんも建くんも大丈夫と言ってくれる。でも、なんだか霞夜お姉ちゃん、とても苦しそうだし…。
 そんな私に、愛さんは霞夜お姉ちゃんの状態を教えてくれて、「心配しなくても大丈夫。お姉さんを信じて」と言ってくれた。看護婦の愛さんがそう言うなら、きっと大丈夫に違いない。そう思って、私は頷いた。

 後のことは看護婦さんたちに任せて、私たちは病室を出ることにした。
 出る前に、お兄ちゃんはちょっとだけ霞夜お姉ちゃんとお話しした。ベッドの隣まで行って、屈んで顔を近づけて、ゆっくり、優しい顔で話すお兄ちゃん。霞夜お姉ちゃんも本当は苦しいはずなのに、微笑んでる。お兄ちゃんがそうしてくれるのが嬉しいんだと思う。
 きっと、霞夜お姉ちゃんはお兄ちゃんのことが好きなんだね。
 …じゃあ、お兄ちゃんは?

 病室を出るとお兄ちゃんが「玄関までル子を送っていくか」って言ってくれた。でもなんだか、霞夜お姉ちゃんのことを思うと悪い気がして、「いいの」って答えてしまった。「遠慮するなよ」ってお兄ちゃんは言ったけど、遠慮とは違う気がする。
 「ボクが送っていくのーっ!!」って言う建くんに送ってもらうことにして、お兄ちゃんとは病室の前でわかれることにした。
 お兄ちゃんの「じゃあ、また来いよ」って言葉に、「また歌ってね」って言うと、笑顔で「おう」って返事。それを聞いて、私は建くんに引っ張られるようにして玄関へ歩いていった。


Continued on next section, " Episode 5. ".


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